FRANCK MULLER東洋思想を取り入れた傑作『インペリアル・トゥールビヨン』
東洋思想を取り入れた傑作
『インペリアル・トゥールビヨン』
フランク ミュラーが起こした数々の改革の中でも、もっとも大きく時計界を変革したのが、時計作りに哲学的な概念や思想を持ち込んだことではないだろうか?
時計はもちろん、時刻を知る機械装置として誕生したが、その後、時刻以外にも暦(カレンダー)やさまざまな天文現象(日の出・日の入りや天体の運行、月の満ち欠けなど)を表示する機能が付加され、同時に美術工芸的な造形が施されて美しさを表現する装置ともなった。
そこにフランク ミュラーは、時刻や天文現象以外の思想を持ち込み、より深い世界観や面白さといったものを時計によって表現したのである。
それを最初に教えられたのは、確か1995年にスイス・ジュネーブ郊外ジャントウにあるフランク ミュラー最初の独立工房であった。
この時、新作としてフランクが私に見せてくれたのが、『インペリアル・トゥールビヨン』。このトゥールビヨンのキャリッジに、フランクは鋭い刃を取り付け、これによって邪気を切り払うと説明した。
確かにトゥールビヨンのキャリッジを子細に観察すると、時計の面面から見えるキャリッジの三ヶ所に、アックス(斧)を思わせる部品が取り付けられている。
フランクはこのデザインを中国人の友人からのアドバイスから着想した、と語ったが、2017年5月に東京で行われたブランド誕生25周年にちなむインタビューでよくよく伺ったところ、18世紀にスイスで中国向けに生産された“チャイニーズ・デュープレックス”と呼ばれるタイプの懐中時計では、振動するテンプに鋭い刃物状のパーツが取り付けられており、フランクはこれを参考に、アックス状の部品をテンプではなくトゥールビヨンのキャリッジに取り付けたのだ、と教えてくれた。
こうして時計作りに哲学的な思想や独自の思いを込めることで新たな改革が始まったのだが、それはさらなる展開を見せるのだ。
フランク ミュラーが時計に込めた思いは
時間の呪縛からの解放か?
『インペリアル・トゥールビヨン』の次に哲学的な思想を取り入れたモデルとして強烈な存在感を放ったのは、2003年に発表された『クレイジー アワーズ』であった。
このモデルはご存じのように、文字盤上にランダムに配置された(実際にはひとつの法則により配置されている)インデックスを時針があちこち飛びながら時刻を表示するというもの。一見すると、その名の通り“クレイジー”な時計だが、ここにもフランク ミュラーならではの思いが込められていた。
それはインデックスの数字の配列を変えることで時間の制約から解き放たれることを狙ったもの。時と分の2本の針が両方、上を指したら昼の12時だと認識してご飯を食べなきゃとか、時針が3を指し、分針が0を指したらお茶の時間だ、と時計の針の位置と行動が条件付けられがちな現代人。そこでフランクはインデックスの配置をシャッフルすることで決まり切った条件や行動から人々を解き放ちたかったのだという。
もっとも、このような特殊な時計が万人受けするとは、フランク自身も考えてはおらず、時間的な制約に無頓着な芸術家ぐらいにしか需要はないだろうと思っていたというから面白い。
もっともフランクによれば、時計に哲学的な意味を込めたのは、『インペリアル・トゥールビヨン』や『クレイジー アワーズ』が最初ではなかったという。その最初の試みは、フランクによれば『レトログラード・セコンド』だ。
このモデルでは秒針が扇状の目盛りを進み、60秒に到達すると瞬時にゼロ復帰して、再び秒を刻むという機構が搭載されている。これによってフランクは“過ぎた時は決して取り戻すことはできない”という思いを託したのだという。
このような哲学的な思想を取り入れた時計をフランクは“フィロソフィカル・モデル”と呼んでおり、それが『インペリアル・トゥールビヨン』や『クレイジー アワーズ』などのモデルへと進化・発展していったのである。
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
写真:江藤義典 / Photos:Yoshinori Eto(25周年記念インタビューを除く)
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